「こほっ」
奥村が咳をした。
それを皮切りに止まらなくなったのか、ひどく咳き込んでいる。
「なぁに? 風邪?!」
つないでいた手を離し、しっしっと手のひらであしらう女将さん。
板さんがコップに水を汲んでくれて、それを受け取った俺は慌てて奥村に駆け寄った。
「近く……来るなっ」
「なんで!」
「うつるだろうが」
咳き込みながらも俺に背中を向けようとする奥村に、回り込んで正面に立った。
「もしかしてさっき俺を部屋から追い出したのは――――」
照れくさそうに顔を背ける奥村を見ていたら……俺はどうしても押さえられなくなった。
たんっと一歩踏み込むと、正面から奥村の両頬に手を添える。
とっさに反応できない奥村の顔を強引に正面を向かせると、俺は――――
重なる、熱。
隙間を縫ってぬるりと滑り込む、熱。
俺の手を引き離そうと手首を握った奥村だったけれど、その力は抜け、かわりに俺の背中に回される。
俺も奥村の頬からそのまま頭の後ろに手を回した。
強く抱きしめ合いながら、唇をむさぼる。
「うつるぞ」
「…………」
「うつって一番困るのはおまえだろうが」
「俺は、健康優良児なんだ。うつらない」
「たいした自信だな」
「うぉっほんっ!」
大きな咳払いに、ハッと我に返る。
奥村と抱き合ったまま、ふたりとも咳払いの方に顔を向けた。
腕組みをしている女将さんと目が合う。心なしか、こめかみに怒りマークが浮かんでいるようにも見えた。
「あんたたち! 予約のお客さんがそろそろいらっしゃるから、余所でやりなさいっ」
そう言ってつかつかと近づくと、奥村の尻を蹴った。
女将さんっ。着物!
意外に筋肉質な脚が見えて、さっきの"元プロレスラー"っていうのもあながち嘘ではないのかもと思い始めた。
文句を言いながら奥村が先に店を出る。そのあとに続こうとしたとき、女将さんが俺に耳打ちした。
「隆一を信じて、正面からぶつかってみなさい」
俺はこくんと頷くと、足早に店を出た。
↓よろしければ1日1回クリックしていただけるとうれしいです。更新の励みになります♥
Comment