「あーあ。秋成さんがうちに診察にみえたとき、ラッキーって思ったんですよ」
「え?」
「秋成さん、なんだかひどく落ち込んでいるように見えたから、ここで秋成さんの心の隙間を僕の優しさで埋めちゃおう?みたいな」
はははと笑う優吾さんのおどけた様子に、つられて少しだけ笑う。
「でも、気づいてました? 秋成さん。遊園地で子供の写真を撮ろうとしていた親御さんをジッと見てたこと」
「えっ?」
「もちろん親御さんを見ているわけじゃないってことはすぐに気がつきましたよ」
優吾さんが俺の肩を掴み、身体を離した。にっこりと笑っている。
「――――僕は、いい男になりましたか?」
"あなたと釣り合いの取れる男になりたくて努力した"という優吾さんの言葉を思い出す。
「はい。とてもいい男です」
まっすぐと優吾さんの目を見てそう答えた。
優吾さんの表情が崩れる。
笑っているのか、それとも泣きそうになるのをこらえているのか。
「あの男に愛想が尽きたら、僕のところに来てくださいね」
それだけ言うといきなり頬にキスをして、肩を掴んだ手でぐるりと俺を回れ右させた。
そして後ろからもう一度抱きしめられる。
「秋成さん。ありがとう」
絞り出すような声に、胸が締め付けられた。
優吾さんが腕をほどき、俺は振り返らずそのまままっすぐ前を向いて歩く。
それが、俺を好きだと言ってくれた優吾さんに対する礼儀だと思った。
side 優吾
あーあ。秋成さん、行っちゃった。
後ろを振り向かない秋成さんの優しさが、とても嬉しい。
「いい男かぁ」
秋成さんにとって1番のいい男は、まぎれもなくあの男なんだろう、と思った。
ブランコに座り、空を見上げる。
『あなたはいったい秋成さんをなんだと思っているんです?』
和泉家の長い塀の横であの男と対峙したとき。カリスマ性とでも言うんだろうか。男から発せられるオーラにたじろぐ自分がいた。
そんな自分を悟られたくなくて、まくしたてるようにしゃべる。
男の眼差しは、まるで僕の弱い心を見透かすようだった。
『秋成さんに近づくな!』
ピタリ、と男の足が止まる。
『あんた、秋成さんから香りを奪うつもりか?』
『どういう意味だ?』
何を言っているんだと言わんばかりに、男が睨む。
『あんたが秋成さんを混乱させるから、秋成さんは嗅覚を失ってしまった』
僕の言葉は男にとってとてもショックだったようで、言葉につまり僕をただ見ている。
『秋成さんの鼻を治したいと思うんだったら、秋成さんには近づかないでほしい。これは秋成さんの主治医としての見解です』
ああ。はげしく自己嫌悪。たしかに秋成さんの心の平穏を取り戻すために近づかないでほしいとは思った。思ったけれども、それ以上に恋敵と思う僕の心が、秋成さんに近づいてほしくなかったんだ。
「まだまだ、いい男には程遠いなぁ……」
ため息をついて、ゆっくりとブランコを漕ぎ始めた。
↓よろしければ1日1回クリックしていただけるとうれしいです。更新の励みになります♥
Comment